建設業の「賃上げ」と「担い手の確保」は、ここ数年の国の最重要テーマだ。ところが、発注段階の工事費にはきちんと労務費が積まれていても、元請から一次下請、二次下請へと取引が進むうちに、増えた経費を労務費で吸収する形でじわじわ目減りし、現場で実際に手を動かす技能者の賃金にまで届かない――この「しわ寄せ」の構造が、長く問題視されてきた。
2024年(令和6年)に成立した改正建設業法(第三次・担い手3法の一つ)は、この構造に新しい歯止めをかけた。中央建設業審議会(中建審)が「労務費に関する基準」を作成・勧告し、これを著しく下回る見積り・契約締結を禁止する、という仕組みだ。基準は2025年(令和7年)12月2日に中建審から勧告され、改正法は同年12月12日に全面施行された。本格運用に入ったいま、施工管理に携わる人が押さえておきたい要点を整理する。
標準労務費とは──「単位施工量当たりの労務費」で下限を示す
通称「標準労務費」と呼ばれるこの基準は、ざっくり言えば「この工事なら、最低でもこれだけの労務費は確保すべき」という下限の目安である。
算定の考え方はシンプルで、適切な職種の公共工事設計労務単価〔円/人日〕 × 施工条件に照らした適正な歩掛 × 施工量で求める。これを「単位施工量当たりの労務費」――たとえば鉄筋なら1トン当たり、型枠なら1平方メートル当たり、という形で示す。実際の施工量を掛ければ、その工事に必要な労務費の目安が出てくる、という設計だ。ここで使う公共工事設計労務単価は、国が毎年公表している職種別・都道府県別の1人1日当たり賃金の基準値で、これに歩掛と数量を重ねるのがミソである。
国土交通省は2025年12月の時点で、13の職種分野・99種類の基準値を設定・公表した。基準値は都道府県別・職種別に整理され、専用ポータル(roumuhi.mlit.go.jp)でマップや職種から検索できる。対象は順次拡充されており、2026年3月・6月にも基準値の更新が行われている。
見落としやすいのは、この基準が公共工事だけのものではない点だ。公共・民間の別を問わず、元請・下請の取引を含む「すべての建設工事の請負契約」が対象になる。民間の工事でも、下請への発注でも、考え方は同じということだ。
「著しく下回る」と何が起きるか
基準を著しく下回る労務費での見積り・契約締結は、法律上禁止される。この禁止は、公共・民間の別なく、発注者・元請(注文者)から下請まで、請負契約に関わる当事者に等しく及ぶのが大きな特徴だ。
そして、実際に著しく低い労務費で見積り・契約をした建設業者は、許可行政庁による指導・監督の対象となりうる。取引実態の把握には、建設業の取引を監視する「建設Gメン」による調査・助言も活用される。ねらいは、罰則で一律に縛ることよりも、「労務費を内訳明示した見積書を出し、それを尊重する」という新しい商慣行を業界に根づかせることにある。国はそのために、専門工事業者向けの見積書の様式例や書き方ガイド、改正された標準請負契約約款の「コミットメント条項」なども用意している。
なお、これは資材高・労務費の上昇に契約金額をあとから追随させる「スライド条項」とは別物である。スライド条項が契約後の価格変動に効く仕組みなのに対し、標準労務費は契約前の見積りの下限を支える仕組み――と整理すると、両者の役割の違いが分かりやすい。
試験ではこう問われる
施工管理技士試験の法規分野で、建設業法は毎年の定番だ。標準労務費そのものが選択肢に登場するのはこれからだが、その土台となる知識――請負契約・見積り・元請下請関係――は従来から繰り返し問われている。
- 見積りでは、注文者が建設業者に見積りのために設けるべき「見積期間」(予定価格5,000万円以上の工事で原則15日以上など)が頻出。
- 下請取引では、一括下請負の禁止や、下請代金の支払期日(元請が出来高・中間金などの支払を受けた日から1か月以内に下請へ支払う)といった「期間」「金額」の数字が狙われる。
- 元請には、施工体制台帳・施工体系図の作成義務がある。
標準労務費は、これら既存の枠組みに「適正な労務費」という新しい軸を一本通すものだと捉えると、制度の位置づけが頭に入りやすい。過去問で建設業法の支払・契約・技術者のルールを固めておくことが、結局は新制度の理解にも効いてくる。
現場ではこう効く
現場・積算の実務では、当面この3点がポイントになる。
- 見積りは“内訳明示”が基本に。 労務費をひとまとめにせず、職種ごとに単位施工量当たりで示せると、基準との突き合わせがしやすい。下請から上がってきた見積りが基準を大きく割っていないか、元請側もチェックする立場になる。
- 基準値は「調べられる」。 自社の工種・地域の基準値はポータルで確認できる。価格交渉の“相場観”を、勘や経験則ではなく公表値で語れるようになった意味は大きい。買いたたきにも、安請け合いにも、共通のものさしができたということだ。
- 公共建築では可視化が先行。 国の直轄営繕工事では2026年1月以降の入札分から、鉄筋・型枠について労務費・材料費の内訳がわかる「単位施工単価」が導入されている。発注の現場から「労務費を見える化する」流れが、すでに動き始めている。
賃金を上げるには、まず「労務費を買いたたかない」土台が要る。標準労務費は、その土台を“契約のルール”として敷き直す試みだ。施工管理の側も、見積りと契約のチェック項目に「労務費の下限」という一行が加わった、と捉えておきたい。
出典
- 国土交通省「労務費に関する基準ポータルサイト」
- 国土交通省「建設・不動産業:労務費に関する基準」
- 一般財団法人 建設物価調査会「改正建設業法に基づく『労務費に関する基準』について」
- 日刊建設工業新聞「中建審が標準労務費勧告/全工事契約で運用、当事者は責任ある行動を」

