海の向こうの情勢が、なぜ日本の工事現場の段取りを左右するのか――。一見遠い話に思える中東情勢の変化が、いま「資材調達」と「請負契約」という、施工管理のど真ん中に効いてきている。
きっかけは、石油化学製品の基礎原料であるナフサだ。プラスチック管(塩ビ管など)や電線・ケーブルの被覆、塗料、シート類、断熱材といった建設資材の多くは、一般に石油化学プロセスを経て作られるとされる。中東情勢の変化でこの供給網に不安が走ると、ナフサを起点とする幅広い資材の調達や価格に影響が及ぶ。実際、建設・物流の現場では2026年に入って資材の値上げや納期遅延・出荷制限の動きが相次いで伝えられている。
こうした状況を受け、国土交通省は2026年(令和8年)6月16日に、**「中東情勢の変化による建設資材への影響に係る直轄工事の対応について」**を発表した。副題は「受注者が安心して施工・受注できる環境の整備に向けた取組」。発注者である国が、資材の入手難に対して契約上の手当てを先回りで示した格好だ。
6月16日の新運用──「設計変更」で代替調達を受け止める
今回の柱は、ナフサを由来とする建設資材について、「代替資材の調達や流通経路の見直し等、追加で必要となる内容を設計変更する運用」を導入することだ。指定された資材が予定どおり手に入らないとき、受注者が泣き寝入りで割高な代替品を抱え込むのではなく、設計変更として正式に費用や仕様の見直しに乗せる――そのルートを国が明確化した。
ポイントは適用範囲の広さである。発表では「令和8年6月16日以降、既契約工事を含め全ての直轄工事に適用」と明記された。これから契約する工事だけでなく、すでに動いている現場も対象になる。あわせて、具体の運用は「受発注者間で協議の上、適切に対応する」とされ、現場ごとの実情に合わせて詰める枠組みだ。
ここで思い出したいのが、設計変更の対象になるかどうかの線引きである。発注者が施工方法や材料をあらかじめ指定する指定仮設は設計変更(費用増減)の対象になり得るが、受注者が自由に選べる任意仮設は原則対象外、という考え方が試験でも頻出だ。「誰が指定したか」「契約上どう位置づけられているか」が、増額交渉のよりどころになる。
スライド条項という、もう一つの備え
設計変更とは別に、価格そのものの変動に対応する仕組みがスライド条項だ。公共工事標準請負契約約款に定められた、契約後の物価・賃金の変動で請負代金が実情に合わなくなったときに代金変更を請求できる規定で、大きく3種類ある。
- 全体スライド条項(第26条第1〜4項):物価・賃金が全体的に変動した場合の規定。契約締結から12か月を経過した後に請求でき、残工期も一定以上必要とされる。変動額のうち残工事費の1.5%を超える部分が発注者負担の目安とされる。
- 単品スライド条項(第26条第5項):鋼材・燃料・生コンなど特定の主要資材の価格が著しく変動した場合の規定。工期の長短を問わず使え、対象工事費の1%を超える変動分が発注者負担の目安とされる。
- インフレスライド条項(第26条第6項):賃金水準・物価の急激かつ予期し得ない変動に対応する規定。残工期が一定以上ある工事が対象とされる。
今回の資材高騰局面では、国はこのスライド条項の活用も並行して促してきた。中東情勢に伴う対応状況として、令和8年4月17日に「単品スライド条項の運用について」を各省庁・地方公共団体あてに通知し、4月30日には「建設資材の安定供給に向けたご協力について(周知及び依頼)」を周知・依頼している。さらに3月31日・5月27日には適正な請負代金や工期確保の要請も出されており、6月16日の設計変更運用はこうした一連の手当ての延長線上にある。
試験ではこう問われる/現場ではこう効く
試験では、公共工事標準請負契約約款の出題は定番で、「契約締結の日から12か月を経過した後」というスライド条項の発動要件が繰り返し問われる(令和7年度の1級建築・1級舗装でも出題)。あわせて、指定仮設と任意仮設のどちらが設計変更の対象になるか、一括下請負の禁止、不可抗力や第三者損害の負担といった条文知識も押さえどころだ。今回のニュースは、これらの「契約のルール」が机上の話ではなく、まさに今の現場を守る道具であることを実感させてくれる。
現場では、資材の入手難に直面したら、まず契約書にどのスライド条項が入っているか、指定材料の変更が設計変更に当たるかを早めに確認したい。代替品への切替えや流通経路の見直しは、判断や見積りの記録、発注者との協議の経緯を残しておくほど、後の代金・工期の調整がスムーズになる。下請の立場でも、増えたコストを自社で抱え込む前に、契約上の請求ルートと元請への相談を早回しすることが、資材高騰の波を乗り切る現実的な備えになる。
国際情勢は自分ではコントロールできないが、「契約をどう使うか」は現場で選べる。今回の国の動きは、その選択肢を一つ太くするものだといえる。
出典
- 国土交通省「中東情勢の変化による建設資材への影響に係る直轄工事の対応について」(報道発表、令和8年6月16日)
- 国土交通省「技術調査:中東情勢の変化による建設資材への影響に係る直轄工事の対応」
- 国土交通省「建設産業・不動産業:中東情勢に伴う建設産業分野における対応状況について」
- 国土交通省「技術調査:各種スライド条項(全体スライド、単品スライド、インフレスライド)について」
- ケンテク「建設業スライド条項とは|全体・単品・インフレ条項の違いと請求手順」

